12月17日(日)、今日は葛生化石館で、来年の「ミニ干支展示」を見てきました。来年は辰年です。辰は竜とされていますが、竜は空想上の生き物です。どんな展示になっているか、楽しみにしていました。学芸員の奥村さんに案内をしていただきました。
奥村さんから教えていただいた辰(竜)にまつわるお話をまとめました。
(1)「竜の骨」を発見
→1804年、現在の滋賀県大津市で丘を開墾していた百姓の市兵衛が「未知の化石」を発見した。見たこともない形などが話題になり藩主の知るところとなった。「未知の化石」は藩主に献上され、儒学者が観察した結果、龍骨(竜の骨)と判定された。当時は誰もがそのことを信じたそうである。市兵衛には「龍」の姓が与えられ、発見場所には「伏龍祠(ふくりゅうし)」という祠が建てられた。なお、竜の骨とされた化石は、現在では50万年ほど前の象の骨と解明され、国立科学博物館で保管されている、ということである。
(以上、朝日新聞デジタル 2019年5月18日付けの記事から紹介しました)
(2)漢方薬としての竜骨
→竜骨は、生薬の一種で大型哺乳類等の骨の化石のことである。医薬品として日本薬局方に掲載されている。鎮静作用、収斂作用があり、成分は炭酸カルシウム、リン酸カルシウムなどである。竜骨は、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)、桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)などの漢方薬に配合されている。竜骨の基原となるのはゾウ、サイ、馬、猪、牛、時には恐竜などの化石である。現在は中国から竜骨を輸入しており、国内で加工し漢方薬の成分として使われている。
(以上は、Wikipedia と大杉製薬株式会社のHPを参考にしました。)
(3)蛇骨伝説
→群馬県の「富岡市史 民俗編」に以下のような記述がある。
「昔、上黒岩の地下に大蛇が住み時々大暴れし、大雨を振らせ崖崩れが起った。人々は何代にもわたりこの大蛇に悩まされた。たまたま天保三年にまた集中豪雨で崖崩れがあった。土地の人々がその場に行ってみると蛇骨が崩れた所から現れた。当時土地の人々は、この蛇骨は「蛇が竜になり天へ昇った。その抜けがらだ。」と信じた。発見当時、七日市の前田藩の江戸屋敷へ運ばれ、その後、蛇宮神社へ運ばれた。」
地元では「蛇骨」と呼ばれ、蛇宮神社に奉納され、保管されていました。江戸時代の医者がこの骨を鑑定し、「大きな鹿のようだ」と記しています。この判定はかなりいい線をいっています。後に「蛇骨」の正体は、葛生石灰岩地域でも見つかっている「ヤベオオツノジカ」の角と判明しました。現在は、群馬県自然史博物館で保管されています。葛生化石館には、そのレプリカが展示されています。
ヤベオオツノジカの角のレプリカ(「ミニ干支展示」の角と対になっている角です)
ヤベオオツノジカは、数万年前に、ナウマンゾウなどと生息していました。
今回の「ミニ干支展示」では、辰年に因んで、ヤベオオツノジカの角の化石(レプリカ)、葛生で産出された大型哺乳類(ナウマンゾウ)の化石が展示されています。ぜひ、葛生化石館で実物を見てください!
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