東響:スメタナ「わが祖国」
2026年11月1日(日)、「東京オペラシティコンサートホール」(新宿区西新宿)で、東京交響楽団「我が祖国全曲演奏」を聴きました。大学生の時以来、40年ぶりに聞く東響の響きは遥かな高みに達していました。

指揮は、栃木県出身の大井剛史(おおい たけし)さん。
この演奏会には、3つの観点から興味がありました。
(1)初めて聴く「東京オペラシティコンサートホール」の音響
(2)大学生の時に聴いていた東京交響楽団がどのような進化を遂げたのか
(3)チェコフィルで研鑽を積んだ大井剛史の「我が祖国」
(1)「東京オペラシティコンサートホール」の音響について

正式名称「東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル」は、1997年(平成9年)9月10日に開館しました。同時期に隣接して開館した「新国立劇場」は国立ですが、「東京オペラシティ コンサートホール」は民間のコンサートホールです。
構造: シューボックス型(長方形)
天井: 変形ピラミッド型
内装: 音響効果に優れた天然木を使用
名称の由来: 開館に尽力した作曲家・武満徹(1930〜1996)を記念
開館からすでに29年が経過しています。この頃、日本各地に本格的なクラシック音楽専用ホールが誕生した時代でもありました。サントリーホール(1986年)、すみだトリフォニーホール(1997年)などが相次いで開館しています。
この日始めてホールを目にした時、てっきり「数年前に開館したばかりの新しいホール」と思い込んでいました。29年前に開館したと聞いて本当に驚きました。今でも古さを全く感じさせないのは、斬新なデザインを取り入れたピラミッド型の高い天井のせいでしょうか。まるで宇宙船の中にいるようなSF的な感覚すらあります。また、天然木をふんだんに使った内装や座席は、現代的でありながら温かみも感じさせます。前の座席との間隔が広めなので、ゆったりと座れる点も先進的です。
この日は、前から25列目の真ん中付近で聴いていましたが、オーケストラの音響がホールトーンによって脚色されることなく、そのままの響きがストレートに客席まで伝わってくるように聴こえました。また、管楽器などのソロの演奏が想像以上に大きく聞こえることも驚きでした。これは天井から吊るされた大きな反響板の影響かもしれません。さらに、天井が高くピラミッド型をしているので、音の抜けがいいことも特筆ものでした。これはまさに、オーケストラの響きを聴くために作られたコンサートホールです。とても気に入りました。
(2)大学生の時に聴いていた東京交響楽団の進化

私が大学生活を過ごしていたのは1981~1984年度です。家に「世界の名曲全集」的なレコードがあったことから、高校生の頃からクラシック音楽をレコードで聴くようになりました。大学に入ってからはオーケストラのコンサートにも足を運ぶようになりました。
当時は、1926年創立のNHK交響楽団がやはり別格でしたが、1946年創立の東京交響楽団は「N響に次ぐ老舗」とされていました。また、NHK交響楽団の定期演奏会は渋谷のNHKホールで開催されていたのに対して、東京交響楽団は、上野公園にある東京文化会館で聴くことができました。当時はまだJRではなく、国鉄東北本線の時代でしたが、上野駅で降り、東京文化会館へ向かいました。こうしたことから、東京交響楽団を聴いてみよう、ということになったのかもしれません。
とはいえ、学生の身分でしたので、年に何回かのペースで東京文化会館に足を運びました。当時の音楽監督・常任指揮者であった秋山和慶さんの指揮でいろいろな曲を聴いた、という記憶が残っています。現在、実家に置いてある机の引き出しを探してみたら、当時のコンサートのパンフレットが出てきました。
このパンフレットは、1985年3月15日の第309回定期演奏会のもので、大町陽一郎の指揮で、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、R.シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」が演目でした。おそらく、大学の卒業(1985年3月)をまじかに控えた大学生活最後のコンサートだったのでしょう。そのため、このパンフレットが記念に残されていたのかもしれません。
当時の東京交響楽団の演奏を思い起こしてみると、さすがにN響には及ばないにしても、真面目にきっちりと音楽の魅力を伝えてくれる実力のあるオーケストラという印象でした。少なくとも、東響が好きで聴いていた、ということは覚えています。

さて、40年ぶりに聴く東響の演奏についてですが、驚くべき進化を遂げていました。当時は、基本的には、指揮者の指示に従い淡々と演奏していたイメージがありましたが、今の東響には、自分たちが伝えたい音楽を指揮者と共に作っていこう、という溢れんばかりの意欲がほとばしっていました。特に弦楽器奏者は、音楽のクライマックスで力を込めて演奏する場面では、見ていてそれが分かるほどの体の動きを何の衒いもなくやってのけていました。また、楽団員全体が一つの生き物のように、同じところを目指して突き進んでいくような勢いを感じました。一言で言うと、やる気と自信に満ち溢れたオーケストラでした。これほどの進化を遂げているとは、 驚きでした。
(3)チェコフィルで研鑽を積んだ大井剛史の「我が祖国」

今年はチェコ・フィルにゆかりのある日本人指揮者3人が、東京を会場として、相次いで《我が祖国》を演奏します。

スメタナの「我が祖国」は、チェコの人々にとって特別な意味を持ち、プラハの春国際音楽祭では毎年5月12日の開幕公演で演奏される伝統があります。
飯森範親:チェコ・フィルへの客演経験あり
大井剛史:2007年から2年間、チェコ・フィルで研鑽を積む
小林研一郎:2002年、プラハの春音楽祭の開幕公演でチェコ・フィルを指揮し「我が祖国」を演奏した
かつて日本では、「我が祖国」の第2曲「モルダウ」が広く親しまれてきました。しかし近年は、全6曲を通して演奏する機会も目立つようになってきました。
2024年のスメタナ生誕200年には各地で全曲演奏が行われ、2026年秋には、わずか3週間の間に東京の3つのプロ・オーケストラが相次いでこの大作を取り上げています。
こうして見ると、《我が祖国》はチェコの民族音楽として親しまれるだけでなく、日本人の琴線にも触れるような感動的な音楽として、着実に根づいてきているのかもしれません。
今回の大井さんの指揮による東京交響楽団の演奏は、おそらくチェコ音楽の伝統を現地のオーケストラで学んだ経験が生かされていたのではないかと思いました。
大井さんの自信に溢れた指揮ぶりと、それに応えて熱演を繰り広げる東京交響楽団のひたむきさに終始圧倒されました。



大井さんには、観客のみならず、楽団員からも足を踏み鳴らして称えていました。それに対して大井さんは、いえいえ楽団員の皆さんのお陰です、といったしぐさを見せていました。

今回の「我が祖国」は、大井さん、そして東京交響楽団の魂のこもった感動的な熱演でした。

東京交響楽団、「また聴いてみたい」と思いました。




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