栃響:フランク/交響曲
- tokyosalamander
- 22 時間前
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2026年2月8日(日)、宇都宮市文化会館で、栃木県交響楽団「第118回定期演奏会」がありました。昨夜からの大雪のため、遅延する電車を乗り継いで会場に向かいました。

公演前の会場風景(大雪のため、来られなかった人もいたのでは)

JR栃木駅では、東武腺が遅れていました。

宇都宮では15cmの積雪がありました。二荒山神社の狛犬も雪を被っていました。

宇都宮市文化会館脇の公園には、紅梅が咲いていました。


今日の演目は、ドビュッシーとマーラー、フランクというプログラムでした。マーラーの交響曲第10番やフランクの交響曲は、実演で聞く機会はめったにないレアなプログラムです。
ところで先日、群響の定期演奏会で、近くにいた観客が群響と栃響を比較し、どちらが上手いかについて話しているのを耳にしました。そもそも、群響はプロ、栃響はアマチュアのオーケストラですので、比較すること自体間違っています。栃響の他、アマチュアのオーケストラの演奏も聴きますが、経験上、わかりやすい大きな違いは、プロはソロなどでミスをすることはほぼありません。安心して聴くことができます。一方、アマチュアは結構普通にミスします。しかし、そういうもんだと思うと、さほど気にならなくなります。プロもアマも、演奏したいから演奏する、という情熱は変わりません。緊張しながらも楽しんで演奏し、やり切った感を見せてくれるのは、私にとって、アマチュアのオーケストラを聴く楽しみでもあります。
とはいえ、栃木県交響楽団は、県議会議長と県教育長が顧問を務め、栃木県が威信をかけて支援しているオーケストラです。1970(昭和45)年、当時の宇都宮交響楽団、宇都宮短大音楽科のオーケストラ、宇都宮大学管弦楽団などの団体を母体に、栃響が誕生しました。
1989(平成元)年には、初めてサントリーホールの舞台に立ち、指揮者小林研一郎氏を迎え、ベルリオーズ「幻想交響曲」などを演奏し、大成功を収めました。その後もサントリーホールで特別公演を行っています。
2016年には、第100回定期演奏会を迎えました。指揮に末廣誠氏、チェロに宇都宮市出身の宮田大氏により、ベルリオーズ「幻想交響曲」ドヴォルザーク「チェロ協奏曲」を演奏しました。2020年には創設50周年を迎えました。

今回の演奏会では、栃響の信任厚い指揮者、末廣誠氏を迎え、末廣誠氏自身が編曲したマーラーの交響曲第10番アダージョの初演もありました。
1曲目:ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」
冒頭のフルートソロから始まりますが、見事な演奏に引き込まれました。大人数の厚みのある弦の響きも透明感があり、管楽器群との立体感や遠近感を感じさせてくれました。特段、大きな盛り上がりはない曲ですが、夢と現実の間を漂いました。
これは後から気付くことになるのですが、「牧神の午後への前奏曲」は、2曲目のマーラーのアダージョでの「無色透明な孤独」に誘う前奏曲でもありました。
2曲目:マーラー「交響曲第10番よりアダージョ」編曲:末廣誠
この曲は、マーラーの死の前年(1910年)に書かれました。そのため、第1楽章(アダージョ)の一部や曲のスケッチしか残されてません。しかし、この曲を愛する多くの音楽家が自ら全曲版を作っています。それらはCDにもなっているので聴くことができます。
末廣誠氏が行った編曲というのは、マーラーが残したスケッチから新たに構築したものではなく、既存の全曲版の中身を充実させ、足りないと思う動きを加えたもの、ということです。コロナ禍を機に4年の月日をかけて書き終えました。今回の演奏会では、末廣誠氏が編曲した全曲版のうち、第1楽章(アダージョ)のみが取り上げられました。しかし、第1楽章だけでも約25分間かかります。この曲のコアなファンはいるそうですが、演奏会等ではめったに聴く機会はありません。
私自身も初めて聴きましたが、それ以前のマーラーの色彩的な音楽とは真逆のモノクロの世界でした。それは「無色透明な孤独」であり、マーラーの感じた死後の世界と言えるのかもしれません。
3曲目:フランク「交響曲」
フランクは晩年に1曲だけ交響曲を完成させました。1曲だけですので、交響曲第1番といういい方はしません。あくまでフランクの「交響曲」なのです。
フランクは教会オルガニストでしたので、パイプオルガンが鳴り響いているような厚みのある音色が特徴です。美しいメロディーが満載の名曲ですが、どういうわけか近年はあまり人気がないようです。全編がほの暗い曲調に包まれており、フランクの人生の集大成的な重さも相まって、聴く時と場所を選ぶ、ということがあるのかもしれません。
今回のプログラムのように、マーラーのアダージョとの相性は良く、フランクを聴こうという気持ちにさせてくれました。また、昨夜からの大雪に閉じ込められている閉塞感、ほの暗さは、まさに、この曲を聴く絶好のシチュエーションだったのかもしれません。
栃響も熱演でした。この曲の魅力をそのまま現出させてくれました。弦と管のバランスも良く、末廣誠氏の卓越した指揮が栃響の技量や魅力を全開させてくれました。素直に感動できる演奏でした。
終演後、アンコールとして、フォーレの「シチリアーノ」が演奏されました。フルートソロが大活躍する曲でしたので、1曲目のドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」と呼応し、フルートがフィーチャーされた演奏会という印象を持ちました。フルートの演奏はその重責を見事に果たしていました。
また、シチリアーノは、フランクを聴いた後の暗いパッションを癒し、軽やかに吹き飛ばしてくれました。末廣誠氏の見事な選曲でした。今回のプログラムはどのような意図をもって組まれたのかと気になっていましたが、アンコールまで聴いて初めて納得できました。聴衆をそっと非日常の世界に引き入れ、心の中を旅した後、最後には日常の世界に解き放ってくれたのでした。

帰りの栃木駅では、真っ赤な夕焼けが綺麗でした。夕焼けの最後の輝きを切り裂くように、東武特急のヘッドランプが徐々に近づき、やがて通り過ぎていきました。日常と非日常が時折交錯するかのように。




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