木曽路「サムライロード」
- tokyosalamander
- 1 日前
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2026年5月30日(土)・31日(日)、江戸時代の中山道の風情を残す木曽路の宿場町、妻籠宿、奈良井宿を訪ねました。木曽路は、通称「サムライロード」として外国人に大人気の観光スポットでした。

中山道は、江戸時代の初期に東海道と並んで、江戸と京を結ぶ重要な幹線道路として、江戸幕府によって整備されてきました。
「木曽路はすべて山の中である」(島崎藤村「夜明け前」冒頭)。木曽の数々の峠を越える要衝として、約80kmにわたる木曽路には十一の宿場町が栄えてきました。
木曽十一宿の平均間隔は約7kmですが、奈良井宿と妻籠宿は峠越えの拠点として特に発展しました。
妻籠宿(つまごじゅく)は馬籠峠 の北側にあったことから、江戸方面から来る旅人は馬籠峠を越える前に、京都方面から来る旅人は越えた後に宿泊することが多かったのです。ここは江戸時代の街並み保存度が高く、いにしえの景観がそのまま残されています。






2016年イギリスの放送局BBCの番組で、木曽路を「サムライトレイル」と紹介したことがきっかけで、いまや「サムライロード」と呼ばれ、海外からの旅行者で賑わっています。この地には、外国人が「これぞサムライの歩いた道」と実感できる風景が残されています。
半日のハイキングにちょうどよく、石畳や峠道など『昔の日本』を体験できることが魅力のようです。確かに、すれ違う観光客の8割は外国人でした。





「茶房ゑびや」で、「クリームあんみつ」をいただきました。外国人が多いため、メニューは日本語と英語表記がありました。

古民家の畳座敷で、落ち着いた雰囲気でした。

「クリームあんみつ」はボリュームもあり、リーズナブルな価格設定でした。
一方、奈良井宿(ならいじゅく)は、木曽路最大の難所の一つである 鳥居峠 の西側入口に位置していました。旅人は峠越えの前後で休息や宿泊が必要だったため、多くの人が奈良井宿を利用しました。





駒屋さんで、名物の三色五平餅をいただきました。

五平餅にもいろいろなスタイルがあって、この店では、このように炊いたご飯をつぶして丸い餅の形にして、火であぶった後、さんしょうみそ、えごま、くろごまの3色のたれをつけて出してくれました。
しかし、これで300円というのは安すぎないでしょうか。他にも、団子(米の粉の手作り団子)が2本で150円というのも申し訳ないくらいの安さです。
江戸時代も、こうした安い値段の食べ物が、旅人たちの疲れを癒してくれていたのでしょうか。
様々な食品の値段が高騰している現在、人情味あふれるおじさんとおばさんが作ってくれた三色五平餅を頬張ると、なんだかタイムスリップしたかのような錯覚に陥りました。


江戸時代の旅人も、こうした宿場町で心と体を休めながら、長旅を歩いて行ったのでしょうか。過去と現在が交錯する木曽路の宿場町には、穏やかな時間が流れていました。




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