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​身近な風景

真夏の「お伊勢参り」

執筆者の写真: tokyosalamander
tokyosalamander
7月26日
読了時間: 6分

更新日:7月31日

2026年7月25日(土)。DAIKI さんから届いた「お伊勢参り」の写真を紹介します。「日本人なら一度は訪れてみたい場所」と言われる伊勢神宮。今回、DAIKIさんがその聖地を訪ねました。

↑今回の旅の目的である伊勢神宮の内宮での参拝です。


江戸時代は、全国各地から徒歩で何日も、時には何か月もかけて伊勢を目指しました。旅そのものが容易ではなかったため、お伊勢参りは信仰だけでなく、人生の大きな出来事でもありました。


特に有名なのが「おかげ参り」です。「おかげ」とは「神様のおかげ」という意味で、この大流行は神様のご利益によるものと考えられていました。


特に1830年の「おかげ参り」では、全国的な参拝ブームが起こり、約400万人から500万人が伊勢神宮を参拝したとされています。


江戸時代中期以降の人口は3000万人前後であったことから、この年は日本人の6~8人に1人が短期間のうちに伊勢を目指した計算になるそうです。この熱狂ぶりは想像を超えるものがありますね。



さて、DAIKI さんの「お伊勢参り」は、7月10日(金)・11日(土)の一泊2日で行われました。

「朝3時に起きて、雀宮駅発4:44分の電車で出発しました。東京駅から名古屋に向かい、名古屋駅から快速みえで伊勢市駅に10時35分に到着しました。ここから歩いて伊勢神宮を参拝しました。」駅にも鳥居があるのが凄いですね。

伊勢神宮の創建は約2000年前と伝えられています。一方、現在のように朝廷や皇室との深い結び付きのもと、日本の信仰の中心として続いてきた歴史は1300年以上になります。


日本神話の中心に位置する天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀り、皇室と深く結び付きがあることから、とりわけ重要な神社とされています。


「お伊勢参り」では、見どころは主に3つあります。


①豊受大神宮(外宮)げくう

・豊受大御神(とようけのおおみかみ)をお祀りし、衣食住や産業の守り神として信仰され

ています。

・古くから「外宮から内宮へ」の順で参拝するのが正式な作法とされています。


②皇大神宮(内宮)ないぐう

皇大神宮(こうたいじんぐう)とは、皇室の御祖神(みおやがみ)である天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りする宮という意味です。天照大御神は日本の最高神とされています。

・五十鈴川や宇治橋、美しい森に囲まれた神聖な雰囲気が特徴です。


③内宮近くのおはらい町やおかげ横丁

・参拝者の宿場町、伊勢うどんや赤福などの名物があります。


それでは、DAIKI さんに「お伊勢参り」を案内していただきましょう。

まずは、伊勢神宮の「外宮」へと向かいます。

この像は「柄杓童子(ひしゃくどうじ)」と呼ばれる彫刻です。(この像の作者である籔内佐斗司氏は、奈良の有名なマスコット「せんとくん」のデザインを手掛けた彫刻家としても知られています。)


江戸時代、「一生に一度はお伊勢参り」と言われましたが、病気や高齢などで伊勢まで行けない人もたくさんいました。そうした人々は、自分の代わりに犬を伊勢神宮へ向かわせることがあったそうです。


犬の首には旅費や手紙を入れた袋を付け、柄杓(ひしゃく)を背負わせて送り出します。柄杓は「この犬はお伊勢参りの途中です」という目印でした。


旅の途中では、見知らぬ人同士が善意で犬を助けながら、伊勢まで送り届けたと伝えられています。こうした犬は「おかげ犬」や「代参犬」と呼ばれました。


にわかには信じがたい話ですが、当時の人々は見知らぬ犬を見ても『これはおかげ犬だ。助けよう。』と理解できる社会だったようです。


歌川広重の浮世絵『伊勢参宮宮川渡しの図』には、首にお札を携えた白いおかげ犬がはっきり描かれています。


豊受大神宮(外宮)が見えてきました。

この写真は、伊勢神宮「外宮」の正宮です。鳥居が額縁のような役割を果たし、その奥に神域への入口が収まっています。



外宮には、四つの別宮が所属しています。外宮では、正宮に参拝した後、これらの別宮を巡るのが一般的です。


その第一とされるものが「多賀宮」(たがのみや)です。殿舎の規模も他の別宮よりも大きく、正宮に次ぐ大きさです。


こちらも別宮の一つである「風宮」(かぜのみや)です。

鎌倉時代、元(モンゴル)の大軍が日本へ攻めてきた際、大風によって艦隊が壊滅したことから、「神風(かみかぜ)」は風宮の神徳によるものと信じられ、風宮への信仰が一層厚くなりました。


こちらは別宮「土宮」(つちのみや)です。

この神は、土地を守る神であり、農業や土地の恵みに関わる神として信仰され、古くから地域を見守ってきました。


いよいよ「内宮」に向かいます。


その途中、「おはらい町」を通過しました。

おはらい町とは、伊勢神宮・内宮の宇治橋前から約800メートル続く門前町のことです。

参拝者は「御師(おんし)の家」でお祓いを受けたことから、この一帯は「おはらい町」と呼ばれるようになりました。また、参拝者の宿屋でもありました。


現在は石畳の美しい通りに、お土産店や飲食店、老舗などが立ち並び、お伊勢参りの楽しみの一つになっています。

「おはらい町は宿場町で、とても賑やかで色々なお店があり充実しています。途中で杉玉に惹かれて入った酒屋で甘酒をいただきました。」



さらに歩いていくと、内宮の大きな鳥居が見えました。


鳥居をくぐり、五十鈴川にかかっている宇治橋を渡ります。宇治橋は俗界と神域を結ぶ橋とされ、お伊勢参りの始まりを象徴する場所です。

宇治橋を渡りきると、また鳥居があります。

それをくぐると神楽殿があり、さらに参道を進むと本殿(正宮)に至ります。


本殿に向かう途中には、川が流れていました。

水が透き通っていて、つい飲みそうになってしまいました。


神楽殿が見えてきました。とても立派な建物なので「ここが本殿かな」と思われるかもしれません。しかし、神楽殿は参拝や御祈祷のための建物であり、天照大御神がお祀りされている正宮(本殿)ではありません。

神楽殿では、参拝者がお祓いや御祈祷を受けることができます。



いよいよ本殿(正宮)に着きました。石段より上は撮影禁止となっています。

自然と建物の調和がとれており、木材の香りと肌触りから木造建築の美しさが伝わってきます。


ここまでが、外宮から内宮へと参拝する「お伊勢参り」のメインルートのようです。これだけでも、「お伊勢参り」が一大イベントだったことが伝わってきました。


最後に、「おかげ横丁」を紹介します。おかげ横丁は「おはらい町」の中にあります。

名物の「伊勢うどん」おいしそうですね。楽しい雰囲気も伝わってきました。



以上が、DAIKI さんの「お伊勢参り」の紹介です。送っていただいた写真とコメントの何分の1かを断片的に紹介させていただきました。


現代では新幹線で気軽に訪れることができますが、江戸時代の人々が何日も何週間も歩いてこの地を目指した理由が、今回の写真から少し分かったような気がしました。


私は「お伊勢参り」には行ったことがありませんが、いつか行ってみたいと思いました。

貴重な「お伊勢参り」の記録、ありがとうございました。


PS:本日(7/31)、DAIKIさんが「伊勢参り土産」を持ってきてくれました。

「三種の神器の一つであり、「月」を象徴する「勾玉」をモチーフに一枚一枚丁寧に焼きあげたサクッとした食感の本格サブレ」まがたまサブレをいただきました。


ありがとうございました!


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