2024年7月9日(火)、高崎芸術劇場で、ペトル・ポペルカ指揮「プラハ放送交響楽団」による、スメタナの連作交響詩「わが祖国」全曲を聴いてきました。
指揮者のペトル・ポペルカは、2022/23のシーズンからプラハ放送交響楽団の首席指揮者兼芸術監督に就任しました。今回の来日は、このコンビでの初のツアーということになります。
今回のジャパン・ツアーは、7月6日~14日まで、東京・群馬・名古屋・大阪・福岡で開催されています。ツアーのプログラムにご注目ください。
7月6日:ザ・シンフォニーホール
・スメタナ/連作交響詩「わが祖国」より「モルダウ」
・ドヴォルジャーク/ チェロ協奏 曲 ロ短調 Op.104(独奏:佐藤晴真)
・ドヴォルジャーク/交響 曲第9番 ホ短調 Op.95「新世界より」
7月7日:アクロス福岡
・スメタナ/連作交響詩「わが祖国」より「モルダウ」
・ドヴォルジャーク/ ヴァイオリン協奏 曲(独奏:三浦文彰)
・ドヴォルジャーク/交響 曲第9番 ホ短調 Op.95「新世界より」
7月9日:高崎芸術劇場
・スメタナ/連作交響詩「わが祖国」全曲
7月11日:サントリーホール
・スメタナ/連作交響詩「わが祖国」より「モルダウ」
・ドヴォルジャーク/ ヴァイオリン協奏 曲(独奏:三浦文彰)
・ドヴォルジャーク/交響 曲第9番 ホ短調 Op.95「新世界より」
7月13日:東京オペラシティ・コンサートホール
・ドヴォルジャーク/ チェロ協奏曲 ロ短調 Op.104(独奏:佐藤晴真)
・スメタナ/連作交響詩「わが祖国」より ヴィシェフラド、シャールカ、ボヘミアの森と草原から、ターボル、ブラニーク
7月14日:愛知県芸術劇場・コンサートホール
・スメタナ/連作交響詩「わが祖国」より「モルダウ」
・ドヴォルジャーク/ チェロ協奏 曲 ロ短調 Op.104(独奏:佐藤晴真)
・ドヴォルジャーク/交響 曲第9番 ホ短調 Op.95「新世界より」
今回のプログラムは、今最も注目されている2人のイケメンソリストが脇を固め、確実に客を呼べる手堅いドヴォルジャークプログラムがメインです。スメタナはどちらかというと添え物的な扱いになっています。
ところが、本日の高崎芸術劇場の公演のみ、スメタナの連作交響詩「わが祖国」全曲が演奏されました。この曲は、ドヴォルジャーク「新世界より」と比べると、明らかにマイナーです。「わが祖国」全曲をこれまでに実演のみならず、CDなどでも聞いたことがある日本人はごくわずかだと思います。また、全曲の演奏時間は80分を超えるため、協奏曲との抱き合わせは困難です。
来日公演を成功させるというビジネスで考えると、「新世界より」+イケメンソリストによる協奏曲、というセットが手堅いはずですが、高崎でのみ「わが祖国」全曲を曲目に選んだのはなぜでしょうか。実際、今回は満席ではなく、せいぜい7割程度の入りといったところでした。
ところで、チェコのプラハでは、毎年、クラシックの国際音楽祭「プラハの春音楽祭」が3週間にわたって開催されています。スメタナの命日である5月12日に代表作「わが祖国」の演奏で幕を開けることで知られています。少なくともプラハの人々にとって「わが祖国」を演奏することは最大の誇りであり、母国愛そのものなのかもしれません。
プラハ生まれの指揮者ペトル・ポペルカとプラハ放送交響楽団の新生コンビが、この来日公演で本当に演奏したい、聴いてもらいたい曲は「わが祖国」であったことは想像に難くありません。だとすれば、招聘元を説得し、採算を度外視して勝負に出た、という可能性もあると思いました(もちろん憶測です)。首都圏での公演で集客してツアービジネスを成功させ、東京からのアクセスもいい高崎では「わが祖国」を聴きたい聴衆のために演奏する。そんな気概を感じました(これも憶測です)。
さて、今回の演奏についてです。プラハ放送交響楽団の音色は、力強く表情豊かではありましたが、ローカルでややくすんだ響きも併せ持っていました。ある意味、群馬交響楽団の方が洗練されているかもしれません。しかし、弦の響きがフレーズごとに変化し、常に音楽が生きていることを感じさせました。また、木管楽器、金管楽器、打楽器ともに、味わいのある音色を奏でていました。
もっとも有名な第2曲「モルダウ」では、イージーリスニング的な感じは全くなく、川を流れる水が岸辺にぶつかって波しぶきをたてていたり、時には川が氾濫するような大きな流れが頭に浮かびました。この曲だけでも、演奏の凄さが分かりました。連作交響詩は全部で6曲からなり、それぞれに聞かせどころがありますが、最後の終曲に向かって、大河ドラマのように演奏されます。
ローカルなオーケストラが、ローカルな「わが祖国」を心と力を込めて演奏する姿に終始、圧倒されました。指揮者やオーケストラの楽員の熱量が明らかに違っていました。この曲で、彼らにかなうものはない、という畏敬の念と高揚感が最高潮に達した時、フィナーレを迎えました。観客のブラボーとスタンディングオベーションがしばらく続きました。おそらく、指揮者とオーケストラも最高に満足していたと思います。彼らの勝負が間違っていなかったことを確信した瞬間だったと思います。オーケストラの楽団員の姿が完全に消えるまで、拍手は続いていました。自分たちの「わが祖国」を聴いてほしい指揮者とオーケストラ、それを受け止めた観客が一体となった素晴らしい演奏会でした。
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