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​身近な風景

シンテッポウユリの秘密

  • 執筆者の写真: tokyosalamander
    tokyosalamander
  • 8 時間前
  • 読了時間: 4分

2026年8月20日(木)17時、佐野市黒袴町にある「みかもやま公園 西口駐車場」付近の道路沿いの草地で、白いユリの群落を見つけました。


実は最近、通勤途中の道路の法面にも、この白いユリの群落を見つけたので、気になっていました。カミさんにこのユリの話をした時、「あれはテッポウユリで、種でどんどん増えるんだよね」と言っていたのを思い出しました。


明日(21日)、朝早く家を出て、そのユリを調べてみようと思っていた矢先、同じユリが目の前に出現した時はびっくりしました。


公園の駐車場に車を停めて、白いユリのもとへと足を速めました。


白い花がちょうど見頃を迎えていました。蕾もたくさんありましたので、まだしばらくは咲いていると思います。

花びらや蕾には、紫色の筋が入っているのが特徴でした。これは、本当にテッポウユリなのでしょうか。



実は、テッポウユリは、沖縄や南西諸島に自生している種です。和名の由来は、花の形が昔の鉄砲に似ているからともいい、ポルトガルから鉄砲が伝来した種子島にも自生していたといった説があります。花びらには紫色の筋はなく、真っ白です。

沖縄県で撮影されたテッポウユリ(2009年4月5日撮影)(Lilium longiflorum var. longiflorum)/Photo: Kabacchi/CC BY 2.0/Wikimedia Commons 


調べてみると、佐野に咲いていたユリは、タカサゴユリに近いことが分かりました。

台湾で撮影された「台灣百合(タカサゴユリ)2018台中花博で撮影された原種」(Lilium formosanum)/Photo: Ping an Chang/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons


タカサゴユリの「高砂」は、台湾の古い日本語での呼び名「高砂(高砂国)」に由来しています。台湾の固有種で、日本には自生していませんでした。花びらに紫の筋が入っているのが特徴です。



テッポウユリとタカサゴユリ。

もともとは別々の地域に自生していましたが、日本で出会うことになりました。

その経過を紐解いていきましょう。


台湾から来た園芸植物「タカサゴユリ」

→日本には1924年ごろから園芸植物として種子が導入され、切り花用として盛んに栽培されたことが記録されています。


日本で生まれた「シンテッポウユリ」

→テッポウユリは美しい花ですが、切り花栽培では球根を用いるのが一般的でした。そこで、タカサゴユリの『種子から短期間で花が咲く』性質をテッポウユリに取り入れようと、1928年頃から交配が始まり、長野県の西村進氏が作った最初期の品種「アルプス」が1938年に登録されました。こうして、テッポウユリにタカサゴユリの性質を組み込んだ「シンテッポウユリ(新鉄砲百合)」が日本で誕生しました。「シン・ゴジラ」を先取りしたかのようなネーミングが印象的です。


野外へ広がりだしたのは1970年代

→シンテッポウユリが作出されても、すぐには野生化しませんでした。1950年代以降、テッポウユリとの戻し交配などを繰り返し、さまざまな園芸品種(タカサゴユリ・シンテッポウユリ系統)が誕生しました。1970年代から、栽培地から逸出したタカサゴユリ・シンテッポウユリ系統が、日本各地の野外で急速に目立つようになりました。


このユリには、拡散に有利な「武器」がそろっていました。大量の軽い種子を作り、風で飛ばすことができる。しかも自家受粉が可能です。福岡県の資料では1果実あたり最大約1500粒の種子を作り、種子が軽く遠方へ散布されやすいとされています。シンテッポウユリ | 県内の生きものについて知りたい(外来種) | 生物多様性情報総合プラットフォーム 福岡生きものステーション


また、物流の増大や高速道路網の発達など、人間活動の変化も可能性として考えられています。


そして北関東へ

→群馬県立自然史博物館の資料では、タカサゴユリ(シンテッポウユリを含む)は、群馬県内で2000年ごろからよく見られるようになったとされています。栃木県でも、『栃木県高等植物目録改訂版』(2002年)には、この野生化したユリが「タカサゴユリ」として掲載されています。さらに、長谷川順一氏の栃木県内の植物観察記録には、2005年8月23日、那須郡南那須町大金 道路法面「タカサゴユリは開花始め」という具体的な記録があります。


野生化したタカサゴユリとシンテッポウユリは形態だけでは区別が難しく、実際の野外個体群には両者の系統が複雑に関わっている可能性があります。


1970年代以降、全国各地で野生化が急速に進み、道路網や造成地など人為的な環境を利用しながら分布を拡大し、遅くとも2002年までには栃木県でも記録されるようになった。ということが言えそうです。



佐野の道路脇に何気なく咲いていた白いユリ。その背景には、台湾から日本へ、そして北関東へと続く、100年にわたる長い旅が隠されていました。



 
 
 

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