夏の終わりのキツネノカミソリ
- tokyosalamander
- 56 分前
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2026年8月21日(金)、みかも山公園にある「キツネノカミソリ大和田群生地」を訪れました。最盛期は過ぎていましたが、まだまだ見頃でした。

みかも山公園東口駐車場から遊歩道を南に向かって約600m歩いていくと、「キツネノカミソリ大和田群生地」への案内板や群生地へと向かう階段が見えてきました。


階段を100mくらい登っていくと、キツネノカミソリのオレンジ色の花がちらほらと見えてきました。

斜面が開けてくると、キツネノカミソリの花が一望できました。


キツネノカミソリは、花茎が地面から真っすぐ伸びてきて、その先端に花を咲かせます。葉の姿を見ることはできません。

こんな風景、どこかで見たような気がしませんか。
秋のお彼岸頃、真っ赤なヒガンバナが田んぼの畦道などに咲いていますよね。ヒガンバナも花茎の先端に花を咲かせ、葉の姿は見えません。
じつは、キツネノカミソリとヒガンバナには、共通する点や異なる点があります。
チャッピーに頼んで、一覧表にしてもらいました。

両者は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の近縁種です。
キツネノカミソリはお盆前後、ヒガンバナは秋の彼岸前後に、花の最盛期を迎えます。
葉が出てくる時期は、花の咲く前(キツネノカミソリ)、花の咲いた後(ヒガンバナ)と対照的です。
キツネノカミソリは種子でも増えますが、日本で一般的に見られるヒガンバナは種子をほとんど作らず、主に球根の分球で増えます。ヒガンバナは救荒食物として、かつては身近な田んぼの畔などに、人の手で植えられていた可能性もあります。

さて、ここで『キツネノカミソリ』の名前の由来について考えてみましょう。
『カミソリ』の由来については、はっきりしています。この時期は見ることはできませんが、細長い葉を剃刀(かみそり)の刃に見立てたとされています。その剃刀はキツネが使うものだったのでしょうか。
一方、なぜ『キツネ』なのかについては、キツネが出そうな山林に生えるから、花の色がキツネ色だから、葉のないところから突然花が現れてキツネに化かされたようだから、など諸説あります。
個人的には、「キツネに化かされた」に惹かれますね。
ヒガンバナは、秋のお彼岸の頃になると、花が咲く前に花茎が徐々に伸びていく様子を田んぼの畔や土手などで目にすることもあったのではないかと思います。
一方、キツネノカミソリは、里山の林床などで目にするため、ある時、山に入ったら一面に花が咲いていた、まるでキツネに化かされたようだ、という驚きの感情もあったのかもしれません。

「狐の嫁入り」(さくら市ミュージアム「妖怪ミュージアム」の展示より)
「狐の嫁入り」という言葉があります。晴れているのに雨が降る“天気雨”や、夜の山野に現れる青白い怪火(狐火)が連なって見える現象を指す日本の伝承的な言葉です。
狐は人を化かす存在とされ、嫁入り行列を人に見られないよう偽りの雨(天気雨)を降らせたという伝承もあります。
こうした狐たちが(化粧に)使う剃刀だと考えるのは、当時の人々のユーモアだったのかもしれません。

以上は、私の妄想です。
キツネノカミソリの群生地で、そんな気持ちにさせられました。
狐たちに化かされたのかもしれませんね。
キツネノカミソリは昔も今も、人々を驚かせ、楽しませてくれています。
さて、キツネノカミソリの花をよく見ると、ハナバチの仲間が飛び交っていました。
こうして受粉や受精が行われ、種子が作られていくのでしょう。
やがて、花茎や花はその役割を終え、キツネノカミソリは地面の下に、その姿を隠します。
次に姿を現すのは、葉が出てくる早春です。
キツネノカミソリの群生地に咲く一面の花は、私たちに夏の終わりを告げているかのようでした。




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