群響・コバケン:魂のベルリオーズ
- tokyosalamander
- 1 日前
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2026年5月16日(土)、第618回群響定期演奏会(高崎芸術劇場)で、日本最高齢(86歳)指揮者である小林研一郎(コバケン)さんによるベルリオーズ「幻想交響曲」他を聴きました。

この日のプログラムは、
ベルリオーズ:序曲《ローマの謝肉祭》(約8分)
ベルリオーズ:幻想交響曲(約49分)
というオールベルリオーズ・プログラムでした。(→演奏予定時間はプログラム記載のもの)

通常、このプログラムだと休憩(20分)を入れても、約1時間半で終わるはずですが、案内板には、終演18:00(予定)とありました。

さすがに、そこまではかからないだろうと思っていましたが、実際に会場を後にしたのは、ほぼ18時でした。そこには、とんでもないドラマが待っていたのです。
指揮者の小林研一郎さんは群響との関りが深く、2019年から2022年まで群響のミュージックアドバイザーを務めました。現在は桂冠指揮者となっています。会場は通常の演奏会とは異なる期待感、ワクワク感に満ちていました。もちろん満席でした。
プレコンサートトークも楽しみにしていたのですが、出演されたのは指揮者の小林さんではなく、群響音楽主幹の上野喜浩さんと、今回のProgram Notes の執筆者、八木宏之さん(音楽評論家)でした。
上野さんによると、群響で「幻想交響曲」が演奏されたのは、2023年6月の秋山和慶さんによるものが最後で、ずいぶん久しぶりということでした。今回は、2024年秋に桐生市を訪れた小林研一郎さんから、その年の5月にロンドンフィルで幻想交響曲を録音されたというお話をお聞きしたことがきっかけで、群響での「幻想交響曲」が実現したそうです。
また、ベルリオーズの研究者でもある八木さんからは、幻想交響曲が1830年に完成された背景についても説明がありました。
それによると、1827年にイギリスからパリへとやってきたシェイクスピア劇団の上演に接したベルリオーズは、人気女優のハリエット・スミッソンに恋をしました。当然、許されぬ恋であったため、彼女をピストルで殺してしまおうと思い詰め、女装して後をつけるところまでいきました。
しかし、すんでのところで思いとどまり、その思いを作曲に打ち込み、「若い芸術家が恋の苦しみから阿片自殺をはかるが、死にきれずに幻覚を見る」という具体的なエピソードを描いた「幻想交響曲」が完成した、ということが定説とされています。
八木さんによると、ベルリオーズに幻想交響曲を書かせたのは、女優ハリエット・スミッソンへの想いだけでなく、ベートーヴェンの交響曲の連続演奏会やゲーテの「ファウスト」との出会いが核となり、作曲当時のパリに吹き荒れていた7月革命(1830年)の空気を詰め込んだ作品ということでした。このお話は、とても参考になりました。

演奏が始まりました。
1曲目の序曲《ローマの謝肉祭》から、オーケストラの気合の入った音が響き渡り、いつもの群響とは違うことを感じ始めました。
約8分間の序曲が終わると、意外にもすんなり休憩に入りました。私は、ここで次の「幻想交響曲」のレクチャーがあるのでは、と密かに期待していましたが、やはり、86歳なので、体への負担を考えてプログラムを組んでいるのかな、とその時は思いました。
そして、休憩後の幻想交響曲。
指揮者の小林研一郎さん(以下、コバケンさん)は、やはりマイクを持って登場されました。会場は、待ってました! という雰囲気に包まれました。
その中で、「プレコンサートトークでは『幻想交響曲がどのような背景で書かれたか』という話がありましたが、私は、幻想交響曲にはベルリオーズという男の魂が込められていると思います。その魂をどうしたら伝えることができるか、という想いで演奏をします。」というコバケンさんらしいアナウンスがありました。
この言葉で、幻想交響曲の演奏は、私の中で特別なものへと変わりました。

群響による「幻想交響曲」の演奏は、明らかにいつもとは違う気合の入り方を感じました。コバケンの熱い魂に、群響も同じくらいの熱さで応えていました。
時折、まだまだこんな音じゃない、と首を振ったり、もっと客席に音を届けろ、客席の方を指さしたりして、群響を鼓舞し続けました。
その結果、演奏からは群響の魂がほとばしり、ベルリオーズの苦悩が生身のものとして伝わってきました。
特に印象に残ったのは、第3楽章「野辺の風景」でした。
この楽章はベートーヴェンの交響曲第6番「田園交響曲」の継承(リスペクト)でもあります。有名なイングリッシュホルンとオーボエとの対話では、オーボエが客席?から演奏しているらしく、コバケンさんは客席の方を向いて合図を送っていました。また、4人のティンパニ奏者による雷鳴は、まさに「田園交響曲」の第4楽章のオマージュであることが、はっきりとわかりました。(これは、プレコンサートトークの八木さんのお話のおかげです)
そして、このティンパニの大地を揺るがすような鳴動は、次の第4楽章「断頭台への行進」へと鮮やかに繋がっていきました。
最後の「第5楽章」はもうコバケンさんの面目躍如。とうてい86歳とは思えないエッジの効いた煽るような指揮ぶりに、群響は燃え上がりました。コバケンさんと群響の奏者たちの魂がストレートに客席に伝わってきました。

幻想交響曲がこのような曲だったのかと、初めて知りました。今までに聞いてきたものは何だったんだろう、とさえ思いました。

カーテンコールで登場したコバケンさんの手には、再びマイクが握られていました。
群響がこんなにものめり込んで、魂の音楽を伝えることができたのは、それを受け止めてくれる皆さんがいたからこそであると、感謝の気持ちが述べられました。また、ロンドンフィルとの演奏よりも群響の方が上だった、という言葉はおそらく本心だと思いました。
そして、2度目のカーテンコールでは、これからアンコールを演奏します、と宣言されました。定期演奏会の最後のアンコールは通常ありません。客席が大きくどよめきました。
曲目は「カヴァレリア・ルスティカーナ(の間奏曲)」と静かに伝えられました。

この曲は、「幻想交響曲」のアンコールとしては、考えられうる最高で唯一無二の選曲だったと思います。恋焦がれて死後の世界をさまよっている男の魂を鎮めるとともに、観客の魂の高ぶりも優しく静めてくれました。

このコンサートに立ち会うことができた喜びを胸に、充実した面持で帰途に着くことができました。時刻は、ちょうど18時になろうとしていました。
PS:5月23日(土)10時からの「題名のない音楽会」(テレビ朝日)で、小林研一郎さんの特集があるそうです。(プレコンサートトークで紹介がありました)




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