群響:ベートヴェンNo.9
- tokyosalamander
- 3月31日
- 読了時間: 6分
更新日:4月1日
2026年3月29日(日)、群響の東京定期公演が、東京芸術劇場(池袋)で開催されました。群響創立80周年シーズンの最後を飾るベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」他が演奏されました。

今回の演奏会は、群響常任指揮者の飯森範親さんの3年間の任期の最後でもありました。常任3年間の集大成として、満を持した渾身の「第9」(歓喜の歌)がコンサートホールに鳴り響きました。

東京芸術劇場は、池袋駅を出るとほぼ目の前に、満開の桜に彩られていました。アクセスの良さにびっくりしました。(佐野発の高速バス1本で直行できることが分かりました)
群響の定期演奏会では、開演40分前からプレ・コンサート・トークが行われます。この日も14時20分から、常任指揮者の飯森範親さんのウラ話を聞くことができました。
日本では特に戦後、各地にオーケストラがつくられるようになってくると、年末にベートーヴェンの第9を演奏する風習ができてきました。一方、日本以外では第9は特別な曲と見なされていて、滅多には演奏されないそうです。飯森さんも若いころから日本でさんざん第9を振っていたこともあり、30代後半でヨーロッパで第9を演奏する際には暗譜で指揮していました。周囲から、今まで何回くらい指揮したことがあるのか?と聞かれ、80回くらい、と答えると、そんなに日本では演奏されているのかとびっくりされた、というお話に、グッと引き込まれました。
今回は年末ではなく、群響創立80周年シーズンの大トリであると同時に、常任指揮者の3年の任期の最後に演奏する曲ということもあり、昨年12月頃から、初心に帰り、楽譜をゼロから見直したそうです。その結果、おそらく皆さんが今まで聞いたことのない演奏になっているというお話がありました。通常は、演奏時間1時間12,3分のところ、すべての反復を行ったうえでも、演奏時間は1時間5分になったそうです。
また、合唱団は、今回初めて国立音楽大学合唱団という大学の声楽科の学生たちに依頼し、何度も出向いて練習したこと、その出来があまりにも素晴らしいこと、そして、ソリストの登場の仕方など、今までにない初めての第9になったことなどが、飯森さんご自身によって明らかにされました。
これはとてつもない第9になりそうだと期待は否が応にも高まりました。

第9の演奏は、通常、ソリストは最初から舞台上で座っていることがありますが、今回はソリストなしで演奏が始まりました。この場合、第3楽章が終わった時点で入場することが考えられます。
第1楽章から切れのいいスピード感と緊張感で、飯森さんの第9の世界に引き込まれました。第2楽章も一気に畳み込むように進んでいきましたが、納得感のあるテンポなので、特に速いなと感じることは、不思議にありませんでした。第3楽章は、いつもは長いと感じてしまう部分ですが、今回はちょっと違う曲を聴いているような新鮮な驚きに満ちていて、こんなに短かったっけ、と思うほどでした。
第3楽章が終わると、アタッカで第4楽章が始まりました。えっ、ソリストは?と思う間もない早業でした。まさに電光石火。ソリストはいったい、どうなる?
全曲を貫くスピード感で鮮やかに曲が進み、いよいよバリトンの第一声が響き渡る直前、舞台袖から大西宇宙さんの姿が現れました。中央に向かって歩きながら、O Freunde, nicht diese Töne!と歌い始めました。これはもうオペラです。
やがて、4人のソリストも舞台の最前列に並び立ちました。私は5列目の中央の席だったので、ほぼ目の前で、ソリストたちが声を振り絞る姿を目の当たりにしました。そして、爆発的な合唱団の威力、これはもう異次元のレベルでした。東京芸術劇場コンサートホールの音響特性かもしれませんが、ソリストや合唱の音響に全身が包まれているような幸福な感覚に酔いしれました。それらの圧倒的な存在感には、もはや、なすすべもありませんでした。
ソリストは通常、指揮者の姿が見える位置で歌うことが多いと思いますが、今回、ソリストは完全に最前列に並んでいます。指揮者の飯森さんは、ソリスト4人のアンサンブルの場面では、客席の方を向き、ソリストと顔を並べる位置で指揮をし、ソリストに小声で語り掛けたり、指揮棒を前に出したり、タイミングを的確に伝えていました。これはほんとに凄いと思いました。
ソリストたちは自分たちの出番が終わると、それぞれ舞台の端に用意された椅子に座って次の出番を待っています。
最も印象的だったのは、テノールがトルコ行進曲風の部分で登場し、男声合唱に「歓喜に向かって、勇ましく走り出そう」と歌いかけるシーンでした。
通常、ソリストはその場で前を向いて歌いますが、この時、テノールの村上公太さんは、やはり舞台袖から歩きながら、男性合唱の方(客席の反対側)を向いて歌い始めました。
この瞬間、フランス革命を描いた映画「レミゼラブル」が脳裏に蘇りました。フランス革命期を生きたベートーベンがシラーの「歓喜に寄す」の中で、最も伝えたかったメッセージ(テノール独唱)が、「レミゼラブル」の終幕で学生の蜂起に向けて発せられた言葉と重なってきました。実際には、ベートーヴェンの「第九」と「レ・ミゼラブル」に、直接のつながりがあるわけではありません。それでも、苦しみの中から立ち上がろうとする意志、祈るような静けさ、そして最後に人の声が希望へと変わっていく感覚には、どこか共通するものがあるように思えました。
もしかすると、飯森さんが「国立音楽大学合唱団」という学生たちを起用したことは、学生たちに音楽の未来に託すという思いも込められていたのではないかと思いました。この合唱団の迫力はそれに十分応えていたことは言うまでもありません。
これまでに知っていた第9の概念をはるかに超えるオペラティックな第9でした。実演でないと味わうことのできない究極の第9です。物凄い勇気と力をもらいました。もう普通の第9は聴けなくなってしまうかもしれないなと正直思いました。
最期の一音が消えると、会場からは拍手とブラヴォーの嵐が巻き起こりました。本当に素晴らしい、見事な、そして、今まで聞いたことのない第9でした

飯森さんには楽団から大きな花束が贈られました。


飯森さんは、万感の思いを込めて、最期のお別れをしていたように思えました。


飯森さんが常任指揮者に就任された3年前、私はちょうど定年となったことから、群響を毎回、聴き始めました。自分にとっては、群響=飯森さんだったので、任期が終わってしまうのはとても寂しいです。是非、また群響を指揮する姿が見られることを楽しみに待っています。
3年間、お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。




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