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​身近な風景

馬にまつわる物語①

  • 執筆者の写真: tokyosalamander
    tokyosalamander
  • 5 日前
  • 読了時間: 2分

更新日:3 日前

2026年1月4日(日)、葛生化石館のミニ干支展示「2026年午(うま)年」を見てきました。毎年恒例の「ミニ干支展示」は、葛生周辺で出土した干支に関わる化石等を展示しています。はたして、馬の化石はあるのでしょうか。学芸員の奥村さんに解説していただきました。

さて、クイズです。

Q:以下の十二支(じゅうにし)の動物の中で、日本で化石として出土しているものはどれでしょうか?


子(ネズミ)・丑(ウシ)・寅(トラ)・卯(ウサギ)・辰(タツ)・巳(ヘビ)・午(ウマ)・未(ヒツジ)・申(サル)・酉(トリ)・戌(イヌ)・亥(イノシシ)


A:答えは、子(ネズミ)・丑(ウシ)・寅(トラ)・卯(ウサギ)・巳(ヘビ)・申(サル)・戌(イヌ→オオカミ)・亥(イノシシ)です。それぞれの仲間は化石で見ることができます。


一方、辰(タツ)・午(ウマ)・未(ヒツジ)・酉(ニワトリ)は、化石で見ることができません。辰(タツ)は当然としても、午(ウマ)・未(ヒツジ)・酉(ニワトリ)は、化石ではなく骨として出土しています。


ところで、化石になるには、少なくとも1万年かかるとされています。つまり、1万年以上前には、現生の午(ウマ)・未(ヒツジ)・酉(ニワトリ)はまだ誕生していませんでした。それらは、人間が野生動物を家畜化することで誕生した動物であり、日本にもともと生息していたわけではありませんでした。


ウマは、「早くても弥生時代末(3世紀頃)に、大陸から人によってもたらされたと考えられています。」

しかし、ウマの祖先の仲間の化石は出土しているようです。

弥生時代以降に日本にもたらされたウマは、全国各地に広がり、野生馬として定着しました。


そうした野生馬は、佐野にも生息していたようです。

「飛駒」や「閑馬」など、馬にまつわる地名は、かつて、そこに野生の馬が生息していたことを物語っています。


このように、馬は日本人の祖先が大陸からやってきたのとほぼ同時期に日本にやってきたと考えられています。そして、共に生活していたことから、いつしか深いつながりを持つようになりました。


そこで、午年にちなんで、今年は「馬にまつわる物語」を掘り起こしてみようと思い立ちました。

佐野市堀米町で見かけた「馬頭観世音」。愛馬への供養として祀られたものなのでしょうか。


葛生伝承館の土鈴の干支飾り。ウマは誇らしげに見えます。

現在、ウマは競馬場や乗馬場、動物園、牧場などでしか見ることができません。しかし、かつてはもっと身近な場所で、ウマは人と暮らしていたようです。そんな時代と現代を行き来し、物語を紡ぐことができればと考えています。



 
 
 

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