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​身近な風景

馬にまつわる物語⑥

  • 執筆者の写真: tokyosalamander
    tokyosalamander
  • 3 時間前
  • 読了時間: 2分

2026年1月25日(日)群馬県高崎市にある「観音山古墳」とその出土品を展示している「群馬県立歴史博物館」を訪ねました。かつての群馬県は「馬が群れる」土地(馬の一大産地)であったことがわかりました。



綿貫観音山古墳出土の埴輪群」は、国宝に指定されています。日本に2つしかない国宝埴輪は、ともに群馬の埴輪です。そのため、「埴輪王国ぐんま」と呼ばれています。


観音山古墳は、6世紀後半に作られた前方後円墳です。

昭和43年(1968年)に発掘調査を行ったところ、幸いにも未盗掘だった横穴式石室から、たくさんの副葬品などが出土しました。石室前には人物・馬などの形象埴輪が集中的に置かれていました。

これらの副葬品や埴輪は、古墳に葬られた人の生前の社会的地位や冨の豊かさを示しています。


古墳時代(3世紀中ごろから7世紀頃まで、諸説あり)、群馬県(上毛野:かみつけの)はヤマト王権(中央)とつながる内陸のルートを馬で行き来する拠点として栄え、同時に馬の一大生産地となっていきました。そこには馬文化も生まれました。

古墳時代(6世紀)のムラを再現したジオラマです。

人々は馬と共に暮らしています。


5世紀後半から6世紀の群馬では、多種多様な埴輪を並べた古墳が2000基以上作られました。つまり、当時の群馬県は、ヤマト王権(中央)と並ぶ権力や冨の集中があった場所であり、その象徴として馬の埴輪や馬具などが埋葬されていたことが分かりました。


このように、群馬県は、古墳時代から始まった「馬にまつわる物語」が奔流のように流れており、それゆえ「馬が群れる土地」だったようです。

 
 
 

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