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​身近な風景

馬にまつわる物語⑪

  • 執筆者の写真: tokyosalamander
    tokyosalamander
  • 5月9日
  • 読了時間: 3分

2026年5月7日(木)、矢板市沢地区にある「関東最大級の馬市」にまつわる記念碑や馬の守護神(勝善神)を祀る石碑群を訪ねました。

住宅地の中を歩いていると、突然現れる大きな石碑群。

ここには、かつて馬市として栄えた矢板市沢地区の歴史を伝える「沢の馬市碑」があります。往時の賑わいを知る人はもういませんが、「生駒神社」や「勝善神」の碑は、今も静かにこの土地の歴史を見守っていました。

「沢の馬市碑」の解説板


この解説の内容は、1982年に出版された「大田原市史」(後編)の第二編「産業・経済」、第1章農業、第5節畜産の中で、「馬と農民」として詳しく紹介されています。



「旧野崎村沢は那須野南部の馬市の中心地であった。その開設は明治20年(1887)ともいわれ、吉沢治郎平(沢)なる者が馬匹改良に熱心の結果、設けたものである。


開設当時はまことに盛大で売買馬匹数約1000頭以上、売買人や見物人など合わせると約3000人といわれ、宿屋20戸はいずれも満員で、大田原・矢板・佐久山などに宿泊する者も多かったといわれる。青森・岩手・山形・秋田・福島地方の人々は馬を売りに、長野・静岡・山梨・千葉の人々は主として買いに来たといわれ、加えて、県内の馬喰何百人が参集したという。


多数集まるに乗じて、大田原・矢板などの商人が出店を出し、諸芸人が朝から笛・大鼓・三味線など引き鳴らして、曲馬も来れば、軽業・手品・見世物などもかかってにぎわった。そのほか、料理店や茶屋・女茶屋など臨時の町の盛り場ができたのである(「栃木県史」第九巻 田代善吉)。


沢の馬市は、

 

春   3月25日より31日まで

夏   8月15日より21日まで

秋  12月10日より16日まで


というように、それぞれ7日間開設し、巧みに農繁期をさけているのは驚きである。


近郷の農民たちは自分たちの母屋で大切に育てた若駒を競り市に出す前夜は、きれいに手入れし、家族で別れを惜しんだ。また、この若駒の収入が、農民にとって当時数少ない現金収入であり、帰路は家族の衣類や魚類など購入してくるのが常であり、馬市は那須野の農民の歓喜の日でもあったのである。」(以上、文言を引用)



このような背景の中で、昭和10年(1935)、北海道や東北の馬主らが寄付金を集め、「馬市創立50周年」を記念する石碑を馬市会場近くに建立しました。

しかし、戦争の影響で物資が不足し、馬も集まらなくなったため、沢の馬市は昭和18年(1943)、半世紀以上の歴史に幕を閉じました。


この一角には、「馬市創立50周年記念碑」と並んで、馬市が盛んに行われていた明治33年(1900)に建立された「勝善神(馬の守護神)」碑(下の写真)などが祀られています。


つまり、ここは単に「沢の馬市碑」が建っている場所ではなく、往時の「馬たちの記憶が眠る場所」とも言える貴重な近代馬産史遺構なのです。


「静かな現在」から「かつての賑わい」を思い浮かべると、人と馬が密接に繋がっていた時代が確かにあったことを感じました。


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