群響:ロポネンのシベリウス
- tokyosalamander
- 1 日前
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更新日:3 時間前
2026年7月19日(日)、高崎芸術劇場で第620回定期演奏会が開催されました。フィンランド指揮界の新星・ロポネンが、シベリウスの交響曲第2番で日本デビューを果たしました。また、ショパンコンクール2025日本人最高位の桑原志織が登場しました。


ミカエル・ロポネン(Mikael Loponen)は2003年生まれ、弱冠23歳前後という若さです。現在、シベリウス音楽院(ヘルシンキ芸術大学シベリウス・アカデミー)の学生で、あと1年で卒業予定だそうです。
当日のプレ・コンサート・トークでは、シベリウス音楽院での学生生活についても話してくれました。
15歳(2018年)の時からフィンランドの伝説的な指揮者ヨルマ・パヌラのもとでオーケストラ指揮の勉強を始め、現在もシベリウス音楽院で、著名な指揮者サカリ・オラモのもとで学び続けています。
多くの指揮者を輩出する「指揮者王国」シベリウス音楽院では、学生が本物のオーケストラを相手に何度も指揮する機会を設けることが伝統になっています。ロポネンさんは、1週間に1回はフィンランド国内のオーケストラで実地研修を積んでいるそうです。

また、今回の演目に取り上げたシベリウスの交響曲第2番について、フィンランドではよく演奏される特別な曲であることを語ってくれました。
交響曲第2番は1901~1902年に作曲されました。当時のフィンランドはロシア帝国の支配下にあり、ロシア化政策が強まってきたことから、フィンランド人の間に民族意識が高まっていました。
シベリウス自身は、この交響曲を「独立運動のために書いた」と明言したことはありません。しかし、初演を聴いた人々は、この音楽を自由への希望や民族の誇りと重ね合わせ、未来へ向かって立ち上がる意志を象徴する作品として受け止めたそうです。
今回の来日では群響の他に、東京都交響楽団(7/25)でもシベリウスの交響曲第2番が演奏されます。ロポネンさんの日本デビューのメインプログラムに、シベリウスの交響曲第2番を選んだことは深い意味がありそうです。
最後に、共演する桑原志織さんについて、ものすごく音楽的な素晴らしい演奏をするピアニストであると、ピアノを弾く手ぶりを見せながら楽しそうに話していました。実は、ロポネンさんは、指揮者と同時にピアニストでもあり、いくつかの国際ピアノコンクールで入賞(1位、3位)しています。自らリスペクトしているピアニストとの競演を本当に楽しみにしているようでした。
およそ20分間のプレ・コンサート・トークでしたが、フレッシュな学生がスーツ姿で登場し、ぎこちなさそうにインタビューに答えていた、という印象でした。
しかし、その第一印象は、コンサート終了後には大きく変わることとなりました。

1曲目:ラウタヴァーラ/弦楽合奏のための「アダージョ・チェレステ」
→穏やかな流れで音楽が始まると、神秘的な空気感が漂いました。わずか6分ほどの曲でしたが、シベリウスの第2番へと続く、フィンランドの風景を想像させてくれました。
2曲目:ベートヴェン/ピアノ協奏曲第2番
ピアノ/桑原志織
→ピアノ協奏曲第2番は、実際には第1番よりも先に作曲されていたとされています。一般的には、まだモーツァルトやハイドンの影響が色濃く残っていて、ベートヴェンの強烈な個性までは感じられないものの、古典的な佇まいをもつのびのびとした音楽というイメージがあります。
今回の桑原さんの演奏は、古典派を飛び越えてロマン派の音楽という雰囲気が漂っていました。ショパンコンクール2025第4位入賞、という先入観があったのかもしれませんが、時には、ショパンを演奏するかのような繊細なタッチと思い入れの深さに引き込まれました。桑原さんの圧倒的なパフォーマンスによって、この曲は最初からそういう曲だったとしか聞こえないほどの説得力がありました。
熱狂的な拍手に応えて、アンコールを演奏してくれました。

ベートーヴェンのピアノソナタ第8番「悲愴」は、ピアノ協奏曲第2番とほぼ同じ時期、1798年に作曲されています。
桑原さんの演奏で続けて聞いてみると、第2楽章の落ち着いた佇まいと溢れんばかりの思いの深さは、やはりロマン派に繋がっていることを連想しました。繊細で堂々たる演奏でした。
さて、休憩後は、お目当てのシベリウスの交響曲第2番です。

ロポネンさんの指揮ぶりは、とにかく、きっちりとわかりやすく、無駄がありません。派手な身振りで音楽を引っ張るというより、音楽そのものを丁寧に形づくる姿勢に、学生らしい誠実さを感じました。
さて、シベリウスの交響曲第2番はフィンランド人にとって特別な曲である、という話がコンサート・トークでありました。
この曲には、
森や湖の広大な自然
厳しい冬から春への移り変わり
困難を乗り越える力
静かな強さ
希望と未来
といったイメージがあり、特に終楽章は、苦しみの末に光が差し込むような構成になっています。終楽章の主題は、フィンランド人にとっては「勝利」というよりも、未来へ向かって立ち上がる意志を象徴しているそうです。
つまり、シベリウス音楽院で学ぶフィンランド人指揮者にとって、この曲は単なるレパートリーの一つではなく、フィンランド音楽の伝統そのものであり、それを世界に紹介する作品という意味合いがあるのではないかと思います。ロポネンさんは、勝負曲であるシベリウスの交響曲第2番を引っ提げて、日本にやってきたのではないでしょうか。
この曲は弦楽器がユニゾンで演奏される場面も多いのですが、ロポネンさんの演奏は全曲を通して主旋律が常に明確に力強く演奏されていることが印象的で、そこには何の迷いもありませんでした。また、金管楽器が高らかに主題を奏でる場面では、強烈な意志の力を感じました。
まさに全編が真っ向勝負、人生のすべてをこの曲の演奏にかけているかのように、力強く、自信に満ちた演奏でした。数年前、プラハ(チェコ)生まれのペトル・ポペルカが指揮するプラハ放送交響楽団による、スメタナの連作交響詩「わが祖国」全曲を聴いた時の感動を思い出しました。スメタナ「わが祖国」全曲演奏
チェコのオーケストラがスメタナの『わが祖国』を特別な思いを込めて演奏するように、フィンランドの指揮者にとってシベリウスの交響曲第2番は、やはり特別な作品なのだと感じました。

シベリウスの交響曲第2番は、圧倒的な高揚感のうちに終了しました。
盛大な拍手が鳴りやまず、ブラボーの声が飛び交いました。ロポネンさんは何度も舞台に呼び戻されていました。

群響はロポネンさんの描くシベリウスの世界を深く理解し、その音楽を見事に実現していました。両者の一期一会の出会いが生んだ名演だったと思います。私はこの作品に込められた魂を初めて知ったような気がしました。群響の面々の誇らしげな表情が印象的でした。
今回、将来を期待される非常に有望な若手指揮者に巡り合うことができました。6月定期に続いて、日本デビューとなる俊英の指揮者を相次いで迎える今シーズンの群響は、まさに目が離せません。




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